写真はイメージ(GettyImages)
嫌な上司と顔を合わせず、面倒な手続きを自分でしなくていい――といった“利点”があることから、利用者が増えているという「退職代行」。新社会人がスピード退職する際などには非常に使い勝手がいいサービスのようで、今年の“トレンド”にもなっている。ただし、ストレスフリーと引き換えに、大事なものを失う可能性もある。ある若い会社員がはまった、思わぬ“落とし穴”を取材した。
■ブロック感覚で退職代行を使ったが…
「安易に退職代行サービスを使わなければよかった」
そう話すのは、都内在住で、今年社会人3年目を迎えた和田昇さん(25歳・仮名)。
今年3月、新卒で入社してから約2年間勤めた大手グループの不動産営業の子会社を退職した。辞めるときは、退職にかかる手続きを自分で行わず、業者がやってくれる退職代行サービスを利用した。
和田さんは退職代行サービスを使った理由について、
「上司とそりが合わなかったのと、手続きが面倒だった。2年間、その上司のもとで働いていたし、今は『転職があたりまえ』とよく聞いていたので、もう辞めていいかなと。別に躊躇はありませんでした」と話した。実際、退職代行サービスを使うと、「辞めます」というメールと退職届を送るだけで済んだという。和田さんが利用した退職代行サービスの料金は2万4千円だった。
「本当にストレスフリーで楽でした。面倒な手続きを経ることなく辞められました」
退職代行サービスを利用する人は増え続けている。人材大手マイナビが今年7月に実施した「退職代行サービスに関する調査レポート(企業・個人)」によると、直近1年間(2023年6月以降)での退職代行サービスの利用状況をきくと、転職者の16.6%が「利用した」と回答。また、退職代行サービスを社員に利用されたと答える会社は、2023年の19.9%に対し、2024年はで23.2%に上っている(上半期時点)。
■「カムバック採用」で、まさかの“お祈りメール”
当時、和田さんが素早く退職を決めた理由は他にもあった。和田さんが働いていた会社では、「カムバック採用」という、元社員を対象にした採用があった。退職後すぐには難しいが、「3カ月以上経てば、採用選考対象になる」というものだった。
「カムバック採用があるのは、社内のホームページを見て知っていたんです。実際にカムバック採用を使って戻ってきている人も周りにいました。まあ、だめなら戻ってくればいいやという考えで、手続きが面倒くさくて、LINEの嫌な人をブロックする感覚で退職代行を使って転職をしました」
しかし、転職した先では、即戦力として期待されていた分、前の職場より風当たりが強く、残業が当たり前の毎日になっていたという。
「『前の会社の方がよかったな』と思うようになりました。大手企業のグループだったということもありましたが、福利厚生がよかったです。新しい職場では、配属された部署の人たちは体育会系の人たちが多く、厳しいことを言われることが多かったんです」
前の職場では、「入ってきてくれる人が本当に少ない」というぼやきも聞いていたのもあり、「転職がうまくいかなかったら前の会社に戻ればいいだろう」とか「新しく入ろうとする人より、直近までいた自分の方が重宝されるだろう」とも考え、カムバック採用に応募した。
「自分は2年間も働いているし、大丈夫だろうという思いで戻ろうとしたんです。しかし、書類選考の段階で落とされました。不採用の通知、いわゆる“お祈りメール”が来たのと同時に、電話では『以前働いていたときのコミュニケーション不足』が理由だと知らされました」
最近、多くの企業で採り入れているカムバック採用とはどういったものなのか。若者の就職事情などに詳しい「リクルート就職みらい研究所」の栗田貴祥所長は、
「カムバック採用は、アルムナイ(卒業生)採用とも呼ばれる採用方式です。今は企業も人材に多様性を求める時代ですので、さまざまな理由で企業を出て行った人たちでも、外でいろいろなことを経験・吸収して戻ってきてくれれば、それだけで会社の多様性が増します。もともと企業にいた人を採用するので、企業の理念や目標などを理解しやすく、新しく育てていく必要がありません。不況+人材難に悩む企業にとっては、戻ってきてくれるということはとてもありがたいことではあるんです」
■専門家「対話の機会を失う可能性」
栗田さんによると退職代行とカムバック採用は、必ずしも相性が良いとは言い難いという。特に、「会社側と対話する機会を失う可能性がある」とも指摘する。
「カムバック採用とは、あくまで会社との信頼関係を前提とした採用方法です。一方、退職代行サービスは、ストレスフリーで退職できる反面、会社側と対話する機会を失う可能性があります。自分に何が足りなかったのか、会社としても何が足りなかったのか、多くのことを見つめる機会の減少につながりかねません。今回の和田さんの例のように、退職代行を使って辞め、会社との信頼関係が失われているかもしれない状態で『戻りたい』と伝えても、その会社の理解を得るのは難しいかもしれません」
そもそも、新卒で入社した若者が、早い段階で退職するケースはそんなに多いのだろうか。
「今の就活市場は“選考の早期化”が進んでいます。人材確保のために、企業の選考自体が年々早まっている傾向にあり、企業側は効率よく採用するスケジュールになっていても、学生側からすると、本来必要な時間をかけて自己理解や企業研究などをして熟すはずの『就業感』が熟しきらないで内定を得るケースもあります。そのため、入ってから理想と現実のミスマッチに気が付く、というケースが増えています」(栗田さん)
栗田さんは、「退職代行サービスは選択肢の一つとしてはあり」としたうえで、「企業と個人が相互理解を深めることが何より重要だ」と指摘する。
「個人の価値観やライフスタイルの多様化によって、一人一人が実現したいライフキャリアも多様性を増しています。企業は就活生や既存社員などの個人と、働き方やキャリアプランなどについて丁寧にコミュニケーションをとり、その実現に向けて企業として何が出来るのかを示し、相互理解を深めることが『配属ガチャ』などのミスマッチを減らすポイントです。従来の一律的な人事施策にとらわれるのではなく、多様な選択肢をできるだけ早い段階から、コミュニケーションを通じて示すことが、”選ばれる職場”になるカギといえるかもしれません」
トレンドになった「退職代行サービス」。ストレスフリーに使える一方で、思わぬところに「成長できる機会」を失うかもしれない落とし穴がある。使う際は慎重に…。(AERA dot.編集部・小山歩)